エッセイ

だだちゃ豆を食べに。

数年前、中野の居酒屋で吞んでいたら、後ろの席から山形県の庄内弁が聞こえてきた。それも、けっこう激しめの。当時、仕事で庄内地方へ行くことが多かった私は、「東京でこの言葉を聞くなんて」と思わず振り向いてしまった。

すると、20代と思われる可愛らしいお嬢さんたちが楽しそうに日本酒を呑んでいる。目が合ったので、つい「庄内?」と聞くと「えっ、そうです。わかります?」と笑った。

それがきっかけで一緒に呑むことになり、日本酒の話になったところで「実家は庄内の大山です。来月、毎年恒例の〈大山新酒・酒蔵まつり〉という町中の酒蔵が参加するお祭りがあるんですよ。よかったらハナコさんも来ませんか?」と誘われた。おお、なんだか面白そうではないか。行く行く!

東京から庄内へは、わざわざ電車で行くのが好きなのだ。まずは上越新幹線で新潟へ向かい、駅ビルにあるへぎそばの名店「越後長岡 小嶋屋」でシャキッと冷えたへぎそばを食べてビールを呑む。帰りはおみやげコーナーのチェックを忘れずに。
お腹が満足したら「特急いなほ」に乗り換えてのんびりと鶴岡まで。秋であれば、その名の通り黄金色に輝く稲穂が車窓を彩って、うっとりするほど美しい。
飛行機ならば乗り換えもなく最短時間で目的地へ付けるのだけれど、こうやって移り変わる景色を眺めながらの移動が旅の醍醐味だろう。

今回の大山へもこのルートで入り、その若き友人のご実家へお世話になることとなった。家は昔ながらの日本家屋で、ご両親、妹さん、80代のおばあちゃんが総出で迎えてくれる。お酒の縁とはつくづく不思議なものだな。
家に着いたら早々に荷物を預け、友人や妹さんといざ酒祭りへ!会場へ近づくにつれ、人がどんどん増えてくる。「いつもは静かな町ですが、この日だけは特別ですね」と友人たちもうれしそう。
現在は軒数も減ったものの、歴史ある酒蔵がいくつも現存する大山。参加者は新酒の完成を祝って、各蔵をまわり試飲をする。数千人が集まるイベントなので、蔵には一度に入りきらない。入口からずらりと行列することになるのだが、これが楽しい。なんと、みんな持参したお酒を呑みながらのんびりと順番を待つのだ。
さらに並んでいると、一升瓶と紙コップを持った蔵人が列に向かって走ってくる。そして、「どうぞどうぞ」と参加者へ大盤振る舞い。友人は、「じゃあこれも」と自分のバッグからファスナー付きのビニール袋を取り出し、さきいかやビーフジャーキーをくれた。さっき、台所でごそごそやっていたのはこれだったのか。「慣れている人は、塩辛の瓶を丸ごと持ってきたり。並んでいる前後の人でおつまみを交換するんですよ」。いやはやすごいな、もう並んでいるときからお祭りは始まっているのか。
そんな感じで、蔵に入る前からもうほろ酔い。すっかり気分が良くなり、販売ブースでは思っていた以上にお酒を買ってしまうことになる。いいのいいの。お酒を買ってはいるけれど、思い出を買ってもいるのだから。
祭りを終えて家へ戻ると、大きな広間では宴会の準備が整えられていた。そうか、これからがまた本番だ!
まずは、お父さんが「ジャックダニエル」の大瓶を手に「呑む?」とハイボールを作ってくれる。よし、これで仕切り直し。テーブルには、所せましと手作りの料理が並び、一気にお腹もすいてきた。
海藻である「えご草」を煮溶かして固めた「えごの辛子酢みそ」、北前船の影響で京文化が残る庄内でよく食べられるという「くるみ豆腐のあんかけ」、甘辛いみそをぬって焼く「はたはたの田楽」、鱈や白子をたっぷり入れた「どんがら汁」……。

おいしいおいしいと食べ続け、もちろん先ほど訪れた蔵の地酒をたっぷりと。ニコニコと話を聞いていたおばあちゃんが立ち上がり、「あとで食べてね~」とにぎってくれたおにぎりが絶品だった。

それは「弁慶飯」。ごはんを丸く平らににぎり、みそをぬってから「青菜(せいさい)漬け」という漬物で巻いてから香ばしく焼くおにぎり。この地方では昔から食べられているものだそうで、漬物で巻いてさらに焼くというのが珍しい。

米どころならではのごはんのおいしさに自家製のみそ、そして漬物。東北ならではの塩辛さも加わり、これも酒のつまみになってしまう。

「夏になったら、だだちゃ豆を食べにおいで。そのまま食べるのはもちろん、ごはんに炊き込んでもおいしいよー」とお母さん。枝豆好きとしてはたまらない提案に、ぜひ次は夏におじゃましようと決めた。

宴は深夜まで続き、一升瓶が何本か空いたところでお開きに。ああ、呑んだ食べた。その夜は、和室に用意していただいたフカフカの布団でぐっすりと眠ったのだった。

翌日は地元にある、明治41年創業という漬物の老舗「本長」で買い物を。珍しい古来種の野菜で作る漬物が多いのは、雪深い山に囲まれた地域ゆえに新しい品種が入って来づらかったという理由もあるらしい。
ありがたく鶴岡の駅まで車で送っていただき、電車が来るまで最後の買い物をしようと売店へ。売り場には、今回訪れた酒蔵や漬物店の商品もずらりと並んでいる。おにぎりコーナーには、地元のJAで作っているという「弁慶飯」や、山形が誇る米品種「つや姫」の手作りおにぎりもあり、電車内で食べようと買ってみた。そして、目に留まったのが、「佐徳」の「だだちゃ豆ごはんの素」だ。
鶴岡産のだだちゃ豆だけを贅沢に使った炊き込みごはんの素で、原材料表を見ると「だだちゃ豆、酒、砂糖、塩、しょうゆ、みりん」のみ。これは、お母さんが言っていた、だだちゃ豆ごはんにかなり近いのでは。
さっそく自分へのおみやげに買って帰り、炊いてみると台所中に甘い豆の香りが広がる。食べてみれば、旬の時期に収穫されたであろうだだちゃ豆の力強いうまみが米に染み渡っている。これは、もっと買ってくるべきだったな。

そもそも旅先での「おみやげ」とは不思議なものだと思う。今いるこの地での記憶や体験を、帰ってからも楽しみたいと物に託す。その商品を選ぶとき心に浮かぶのは、喜んでくれそうな誰かであったり、思い出を大切にしたい自分にであったり……。でも、きっと「いいところだったな」「またいつか訪れたいな」という気持ちは、そのおみやげにしっかりと宿っている。

ちなみに大山を後にしたその後は外出しづらい状態になったのもあり、まだ現地でだだちゃ豆を食べる機会には恵まれていない。でも夏になり東京で枝豆を食べると、必ず大山での滞在を思い出す。そして、庄内へ行くという人がいると「だだちゃ豆ごはんの素」をおみやげにすすめるとともに、大山でのできごとを話している。そんなときは、楽しいことのおすそわけをしているような気分になるし、次の夏こそは大山のご一家に会いに行こうと強く思うのだ。

ツレヅレハナコ

ツレヅレハナコ

食と酒と旅を愛する文筆家。著書に『お酒好きに捧ぐ ツレヅレハナコのおいしい名店旅行記』(世界文化社)、『ツレヅレハナコの南の島へ呑みに行こうよ!』(光文社)、『まいにち酒ごはん日記』(幻冬舎)など多数。

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